読書タイム
No.20

ルポ 貧困大国アメリカ


ルポ貧困大国アメリカ書名  : ルポ貧困大国アメリカ

著者  : 堤未果

出版社 : 岩波書店

発行日 : <第1刷>2008年1月22日

       <第14刷>2008年6月25日

価格   : 700円+消費税

頁数   : 207頁

 

 

【はじめに】

 

 アメリカは世界No1の経済大国である。しかし世界でもっともお金持ちであるはずのこの国には、今日を

生きるのに精一杯なほど貧困にあえぐ人たちも何千万人と暮らしている。著者はそんなアメリカを「貧困大

国」と呼び、経済大国が貧困大国でもある2面性こそは、新自由主義がもたらす当然の帰結であることを、

いくつかの側面から浮き彫りにしている。アメリカの後追いで新自由主義路線を走る日本がこれからどうな

るのかについて、起きうるべき可能性のひとつを指し示す1冊である。

 

 

【紹介文】

 

 まず「新自由主義」とは何だろうか?この問の詳細な答えはウィキペディア等をご参照願うとして、

(URLはhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%87%AA%E7%94%B1%E4%B8%BB%E7%BE%A9

簡単に言えば市場原理主義を基本に据えた資本主義のあり方のことである。その政策方針は小さな政府を

目指し、社会保障を削り、各方面での規制緩和や民営化を推進することにある。

 80年代以降、新自由主義に基づく政策を推し進めてきたアメリカは、この間一貫して世界第一位の経済

大国として君臨してきた。しかしその国内に目を向ければ、貧富の差は拡大し、貧困層が増加し続けている。本書はその貧困の模様を、住宅、医療、教育、市民権と言った、人間が生きていくうえで不可欠な要素の欠

如と絡めて語っている。

 サブプライムローンの借金を返済するために総出で働く家族がいるのは何故だろうか。保障が薄く法外な

値段の医療保険でも多くの人が加入しようとするのは何故なのか。それは住宅も医療も、人が生きていくう

えで絶対に欠くことのできない要素だからである。そしてそれらを手に入れるために必要なお金は働いて稼

がなくてはならないし、ある程度の収入を得るには高い教育が必要で、まして市民権が無くてはお話になら

ない。だから教育を受けるためにまたローンを組み、市民権を得るために戦争にさえ行く若者が後を断たな

い。

 要するに、新自由主義のアメリカと言う国では、生きるために必要な手段がことごとく市場化されてしまって

いるがゆえに、お金でこれらを買わない限り、そしてそのためのお金を稼がない限り、生きていくことの出来

ない社会だということだ。労働が生きるための必死さを伴うとき、それは労働者の立場の決定的な弱さとなっ

て、賃金も労働条件もより劣悪なものへと変えられ、ぎりぎりまで利益を吸い上げられる構造へ否応無く組み

込まれていくことになる。その最たるものが戦争ビジネスである。すでにアメリカでは戦地への民兵の派遣な

どで莫大な利益を上げる企業が存在するほか、政府は駐屯地を運営するうえで必要なあらゆる仕事を民間

企業に請け負わせている。本書に登場するトラック運転手は、貧しさから抜け出すために、派遣会社の斡旋

するイラクの戦場での武器運搬に従事した。週7日、1日12時間の過酷な労働の末に、劣化ウラン弾由来

の放射能から白血病になり、帰国後の彼はほとんど寝たきりの生活となってしまった。戦場での報酬も治療

費に消え、家族は以前よりも貧しくなった。ところが彼を雇ったKBR社の親会社であるハリバートン社に対し

米軍は、「愛国的業務」への感謝として7200万ドルのボーナスを与えると発表した。生きるために命がけの

危険な仕事に従事せざるを得ない人が居る一方で、彼らを雇用する資本が、なお一層肥え太っていく模様を

表す一例である。

 新自由主義はかつて、国の経済が繁栄することで国民全員が豊かになるとの幻想を抱かせた。しかしアメ

リカの例を見る限り、ひとつの国の中でどんなに経済規模が巨大化しようとも、生み出された富に対する分

配の仕組みが整わない限り、貧しい者はいつまでも貧しいままであることが解る。その貧しさが搾取を呼び

込み、貧しさが搾取に役立つがゆえに貧しいままに固定されるのだろう。日本国憲法には9条と言う優れた

条項があるが、人間として当たり前に生きる権利を謳った25条は、9条と並んで最も尊重すべき大切な条

項に違いない。25条を守り、その理念を実現するためにも、医療や福祉などの社会保障を充実させたり、

労働者のセーフティーネットを強化していかなくてはならないだろう。あたりまえに生きていける仕組みを社会

の中に造ることがどんなに大切なことか、本書は教えてくれている。

 最後に、本書のあとがきから著者の言葉を紹介しておく。

「無知や無関心は「変えられないのでは」という恐怖を生み、いつしか無力感となって私たちから力を奪う。だが目を伏せて口をつぐんだ時、私たちは初めて負けるのだ。そして大人が自ら舞台をおりた時が、子供

たちにとっての絶望の始まりになる。」

 

 

【著者紹介】

堤未果(つつみ・みか)

東京生まれ。

ニューヨーク州立大学国際関係論学科学士号取得。

ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。

国連婦人開発基金(UNIFEM)、アムネスティ・インターナショナル・NY支局員を経て、

米国野村證券に勤務中、9・11同時多発テロに遭遇、以後ジャーナリストとして活躍。

現在はNY−東京間を行き来しながら執筆、講演活動を行っている。

 

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